マリオネットのすすめ

―「趣味としてのマリオネット」試論 ―

※この文章は、『SIGNATURE』 2005年7月号(シティカードジャパン発行)に掲載されたものです。

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「パペットをプライベートに楽しむ!」

そんなキャッチフレーズのもと、日本ではじめてのパペット専門店Puppet Houseをオープンして、今年でちょうど10年がたちました。「パペット」という言葉が巷にずいぶんと普及した現在でも、相変わらず日本で唯一の専門店ですから、この10年間、なんとか続けてこられたことをまずは感謝するとともに、もっと多くの方々にパペットの奥深い魅力をお伝えしたい、と強く願う今日この頃です。

パペットは最高のコミュニケーション・グッズ

さて、パペットと聞いて、みなさんはなにを思い浮かべるでしょうか? お笑い芸人のパペットマペットやテレビCMでお馴染みの、口をパクパクさせておしゃべりする人形が浮かんだ方。あるいは、人形の頭に人差し指を入れ、親指と小指で人形の手を動かす、いわゆる指人形(手遣い人形)をイメージされた方もいらっしゃるでしょう。

なかには、お子さん、あるいはお孫さんにせがまれて、パペットを動かして遊んだという経験をお持ちの方も、いらっしゃるかもしれません。小さな子どもと接するのが苦手な大人にとっても、パペットはありがたい道具です。パペットを手にはめてちょっと動かすだけで、子どもは「もっと、もっと」と大喜びしてくれます。

日本ではあまり馴染がありませんが、パペットを使った心理療法、パペットセラピーも欧米では盛んなようです。セラピーを必要とする人たちは、子どもも大人も、対人関係でのトラブルを抱えている人が多いわけですから、セラピストとマンツーマンで向き合うこと自体がシンドイというケースもあるわけです。

そんなときに、セラピストがパペットをつかって話しかけると、それまでなかなか心を開かなかった患者さんが、パペットに向かって、自分の心のうちを語りはじめたりする。あるいは、患者さんをグループ分けして、パペットをつかったお芝居をさせて、自分を表現する訓練をする。パペットセラピーの手法はさまざまなようですが、いずれにしろ、精神的なトラブルや障害を抱えた人々が、パペットを媒介にして、元気になったり、人とのコミュニケーションを取り結べるようになったりする。つまり、パペットは最高のコミュニケーション・グッズというわけです。

そうは言っても、身の回りに小さな子どももいないし、セラピストでもない大人が、指人形やクチパク人形を動かして楽しむというのは、ちょっと気恥ずかしい。そう感じる方も多いかと思います。そんな大人の方にお薦めしたいパペットがマリオネットなのです。

パペットとマリオネット

このあたりで、いったん言葉の整理をしておきましょう。英語では、人形を意味する言葉に、ドール=dollとパペット=puppetの二つがあります。ドールは、飾り人形や抱き人形などの動かない人形。パペットは、「劇人形」などと訳されることもありますが、動かして楽しむ人形の総称です。もう少し詳しく言うと、ハンド・パペットは手遣い人形、フィンガー・パペットが指人形、ストリング・パペットなら糸あやつり人形といった具合です。

では、マリオネットは? マリオネットはもともとフランス語です。少々ややこしい話ですが、フランス語圏では、マリオネットはパペットと同じ意味で使われます。つまり動かす人形の総称。でも、フランス語圏以外では、マリオネットと言えば、通常、糸あやつりの人形を指します。そんな次第で、ここでも、糸あやつり人形のことをマリオネットと呼ばせていただきます。

インタラクティブ・アートとしてのマリオネット

マリオネットの魅力の出発点は、なんと言っても、その造形的な面白さにあります。写真でご紹介するいくつかのマリオネット作品をご覧いただければ、この点については、すぐにご納得いただけると思います。とくにヨーロッパの第一線で活躍する劇人形作家たちの木彫りのマリオネットは、まさに「動く彫刻」とでも形容すべき、人を惹きつける魅力を持っています。

彫刻やオブジェといった造形作品を飾るように、マリオネットを家に飾ってみる。そこにマリオネットがあるだけで、人形の動きやキャラクター、さらには物語までが想像されて、イメージが膨らみます。お店のディスプレイにしばしばマリオネットが使われるのも、実際にそこで人形芝居をするわけではなくとも、見る人が、筋立てやキャラクター設定を考えて、自分の心のうちで勝手に芝居を想像して、楽しんでしまえるからではないでしょうか。

何年か前に、「インタラクティブ・アート」という言葉が流行ったことがありました。マルチメディアの出現が、従来のつくり手から受け手への一方通行の関係、「私は創る人、あなたは見る人」という固定した役割分担を崩して、受け手の側が作品の成立に積極的に関わる、あるいは、つくり手と受け手の協働作業によって作品をつくることが可能になってきた。そうしたインタラクティブ=相互作用的な芸術こそが21世紀の新しい潮流だという内容だったかと思います。

そんな説明を聞くたびに、「マルチメディアが出現するはるか昔から、パペットはインタラクティブ・アートだったじゃないか」という思いを強くしました。人形美術家が創りだす劇人形は、演じ手によって舞台の上で新たな表現を与えられます。まさに、つくり手と演じ手の協働作業によって、その魅力を花開かせるわけです。動きを想像するだけでも楽しいマリオネットですが、ここはやはり、動かすというマリオネット本来の愉しみを味わっていただきたいと思うのです。

人形と神経が通っていく過程を楽しむ

ただし、ここでちょっと注意が必要です。現在、ヨーロッパでもアメリカでも、巷で売られているマリオネットの大半は、残念ながら飾り物です。糸はついているけれども、動かすためにつくられているわけではありません。そうした人形を購入された方のなかには、マリオネットは「ギクシャク動くもの」あるいは、「足や手をバタバタするぐらいしか出来ない」と思い込んでいる方も多いようですが、飾り物の糸つき人形は、残念ながら、どんなにがんばっても動かないのです。

逆に、動かすためにきちんとつくられたマリオネットを操るのは、そう難しいことではありません。さすがに、手にしてすぐに思い通りに動くとは言いませんが、2~3日から一週間も遊んでいれば、それなりに動くようになります。一生懸命練習して上手になるというよりも、人形と少しずつ神経が通っていく過程を楽しめばいいのです。

プライベートにマリオネットを動かす場合は、はじめに人形ありきです。脚本があって、ストーリーやセリフの決められているようなお芝居で人形を動かすのと違って、自分の人形の魅力をどれだけ引き出せるかに、どれだけ楽しめるかがかかっているのだと思います。そのためには、鏡の前で人形をいろいろと動かしてみて、その人形が魅力的に見えるしぐさを探してみる。「どう見せるか」という演出的な要素はとりあえず脇に置いて、趣味で楽器を奏でるように、無邪気にマリオネットと戯れてみればいいわけです。

糸のゆらぎが生む不思議な愉しみ

マリオネットは、大の大人が戯れていても、気恥ずかしさを感じません。その理由は、人形と遣い手との距離にあるのだと思います。手にはめて使うハンド・パペットは、自分の手が人形の体になるという意味で、非常に一体感の強い人形です。反対に、マリオネットは、人形の体はそれ自体として完結していて、その人形につけられた糸をコントロールを介してあやつるという意味で、遣い手との距離が、物理的にも精神的にも、非常に遠い人形です。

そして、この距離の遠さが、気恥ずかしさを生まないと同時に、マリオネットに不思議な魅力を与えてくれるのです。細い糸と重力を頼りにあやつるマリオネットの場合には、棒遣いや手遣いの人形と違って、遣い手の操作がダイレクトに人形に伝わらないところがあります。へんな例えですが、痒いところを自分の手で掻けないもどかしさ、とでも言ったらいいのでしょうか。動きにいつも不安定な要素がつきまといます。

「不安定」というと悪いイメージのほうが強いので、「ゆらぎ」と言い換えますが、マリオネットと遣い手との距離の遠さに、この「糸のゆらぎ」が加わることで、自分があやつっていながら、ときとして人形が勝手に動いているような錯覚におそわれることがあるのです。鏡の前で、この不思議な感覚を味わってしまったら、もうマリオネットの虜になるしかありません。

日本はパペット先進国だった!?

マリオネットが面白そうなのはわかったけど、どうも舶来の趣味はねぇ・・・という方もいらっしゃることでしょう。そんな方のために、最後に蛇足をひとつ。『図説日本の人形史』(山田徳兵衛編、東京堂出版)という本を開くと、市松人形のハンド・パペットを手にした女性の姿を描いた1700年代半ばの画が、最初のページに掲載されています。

ページをめくると、江戸時代には、人形芝居の隆盛にあやかって、そのミニチュア版的手遣い人形や糸操り人形がたくさんつくられ、お座敷芸に使われたり、家庭で遊ばれたりしていたことが分かります。1690年に描かれた挿絵には、手遣い人形らしき人形を並べた人形店の店先を、子連れの女性が訪ねている様子も描かれています。

人形劇王国と呼ばれるチェコでさえ、工房制作の家庭向けマリオネットが普及するのは1900年代前半ですから、日本は、その昔、人形劇先進国であると同時に、プライベートにパペットを楽しむことでも、先進国だったにちがいありません。

パペットは最高のコミュニケーション・グッズだと言いましたが、鏡の前でマリオネットと戯れることは、まさに自分自身と対話することでもあります。マリオネットは、自らを表現する媒介であると同時に、自らの心を映し出す鏡でもあるのです。自分の内面を見つめることを求められる現代にふさわしい趣味として、プライベートにマリオネットを愉しむことをお薦めする理由もここにあります。それは、みなさんとともに、新しい趣味を創りだす楽しみでもあると言えるでしょうか。(完)
(text by 深沢 拓朗 photo by 野本裕司)

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